ここで立ち止まってはおしまい

ここで立ち止まってはおしまい、といった勢いで、志保は地下鉄の階段をかけのぼった。自分のペースが人の目から見ればそれほど速くないのはわかっているが、のぼり切ったところで息がつまり倒れそうになる。一瞬どこか悪いのではないかと不安になるが、この暑さと蓄積した疲労のせいだということは、承知していた。地上に上がった所で、外のムッとした空気に思わず肌が粟立つ。
今日も残業を終えてここまでたどり着いたのが十一時過ぎだった。志保は額の汗をぬぐい、大きく息をつく。やらなければいけないことは毎日山積みで必死だったが、誰がやっても同じ仕事だということはわかっていた。そんなものに追われながら過ごして来た歳月の長さを考えると溜息が出る。時々自分の存在価値さえわからなくなって、苦しくなった。人の言う生き甲斐や幸せって何だろう。周りが言うように、早く結婚して、子供を持つことが一番価値あることなのだろうか。最近こういうことばかり考えているような気がする。そして考え出すと家に帰るのが怖くなる。こんな気持ちで一人ぼっちでいると、狭い部屋に押しつぶされそうな気がするからだ。しかし、こんな時間に疲れた体で行くあてはなかった。消えてなくなりたい・・・何の根拠もないのだけれど、最近やたらとそう思うようになった。が、その術もないまま毎日が過ぎていく。死ぬわけにいかないのだから気分を変えよう。せめて、好きなものを買って食べよう、そんな発想が滑稽なくらい女っぽくて思わず苦笑しながら、志保は近くのコンビニに入った。
コンビニの蛍光灯は会社と同じく、現実的な光で全てを照らし出す。志保は菓子パンとビールをつかむと、勘定を済ませて外に出た。